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31期 引退ブログ ー水口康介ー

  • 京都工芸繊維大学 男子ラクロス部
  • 5 時間前
  • 読了時間: 13分

4回生ATの水口康介です。






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まずは平素より京都工芸繊維大学男子ラクロス部をご支援していただいている、OB,OGの皆様、保護者の皆様、チーム関係者の皆様に深く感謝申し上げます。





こんな形式だけの感謝では伝わり切らないと感じたので、自分の言葉でもう一度感謝を伝えます。

私が4年間、満足のいく環境でラクロスが出来るように支えていただいた皆様、本当にありがとうございます。ラクロスに出会えたのも、ラクロスを続けられたのも、ラクロスをやり遂げられたのも、全て皆様のおかげです。このような貴重な経験をさせていただけたことを、とても嬉しく思います。








中身に入ります。


今の気持ちは、もう引退ブログ書くんか、という感じです。入れ替え戦から1週間が経ち、自分がいない練習風景を見て、ようやく引退したことを実感しました。もうみんなと練習したり、試合で勝ったり負けたりすることもないのかと思うと寂しいです。





ここからは、僕の入部から引退までの様子と、4年間で気付いたことや考えてきたことについて書きます。4回生唯一の平部員のラクロス人生物語に、どうかお付き合い下さい。

特に現役の皆!つらくなったときに思い出して欲しいことを書こうと思ってるので、ちゃんと読んでね。









まずは一回生。というか新歓から。


初めて新歓に行った時は正直、「理系の単科大学が部活なんかやって頑張っちゃって」って感じでした。しかも話聞いてみたら週4で、「大学来てまで週4部活てアホか」って思っていました。

でも、なんかクロス持たされてパスキャしてたら2時間半経ってて、自分でもびっくりしました。一回もまともに投げられてないし、新入生とやったから一回もまともにキャッチできなかったけど、めっちゃ楽しかったのを今でも覚えています。2日目は当然のように体験会に行って2時間ぐらいパスキャしました。2日目にして、もう勝手にクロスとってパスキャしはじめるようになっていました。3日目は前日に筋肉痛と指の皮がめくれた痛みで絶対行きませんって言っていたんですが、気付いたらグラウンドにいました。自分がハマり症なのを踏まえても、とてつもないのめり込み方だったなと思います。しかもゆいととりくまと2日後のイベントで一緒に入部しよなって言っていたのに、先輩方におされまくって先に1人で入部しちゃいました。

しまいには自分達で他の新入生を勧誘しに行くほど、ラクロスの虜になっていました。


練習が始まると、最初の方は基本的なパスとグラボばっかりで正直退屈していました。新歓期間から毎日自主練していたのもあって、大体のことは簡単にできてしまい、「もっと難しいこと教えてくれよ」なんて生意気なことを思っていました。

上回生が教えてくれたことはすぐ自主練して習得しようと頑張ってて、1人だけ横ショットを打てるようになった時は結構調子に乗ってました。フレキャンの時が1番輝いてたなんて言われることもあるぐらいで、あの頃は結構イキイキしてたんだと思います。

夏休み前になると、上回生の練習に入れてもらえるようになりました。上回生に比べると全然下手で何度もフォローされながらの練習でしたが、「僕もあれぐらい出来るようになってやろう」と思いながら毎日自主練してました。

練習があった日でも日が沈んで見えなくなるまで自主練してたんですが、今思うとほんまにようやってたなと思います。


そんな自主練まみれの日々の甲斐あってか、練習試合で天下の関学に勝ちました。これは今でも語ってしまう武勇伝です。僕達が10人ちょっとしかいなかったのに対して関学は40人ぐらいいて、ジャイアントキリングすぎてめっちゃテンション上がったのを覚えてます。


そして迎えたサマー。予選では自分の実力が出せずに不貞腐れて仲間にドン引きされましたが、なんとか皆んなのおかげで決勝に進むことができました。決勝では自分のやりたいプレーで得点に貢献でき、工繊史上初の新人戦関西ベスト4という結果を残すことができました。まじで最高の思い出です。




一回生の間に気付いた事は、


「本気でやれば必ず結果はついてくる」


という事です。毎日ラクロスのことだけ考えてラクロスしない日の方が少ないぐらい練習してたし、それが自分だけじゃなくて他のメンバーも、となるとそりゃ関西ベスト4なれるよなって思います。あの時毎日一緒に切磋琢磨できる仲間がいてよかったなとつくづく思います。






次に二回生。


二回生の一年を一言で表すと、「苦しい」でした。オフェンスの先輩はがっくんさん1人だけで、あとは皆二回生。練習の成果が思ったように出ず、試合はパスが繋がったらラッキー。ターンオーバーの嵐でした。自分はと言うと、ラクロス以外に時間を使うことが多くなって自主練の量が減り、大して上手くなくなりました。このことから気付いたのは、


「継続が命」


ということです。最初上手くたってサボったら下手になるし、逆に言うと最初下手でも頑張り続ければ上手になるってことです。

二回生の思い出があまりないってことは、大して努力もしなかった勿体無い一年だったのかなと思います。

ただ、2部昇格のチャンスを逃したことだけは覚えています。二位以上で自動昇格、3位になれば入れ替え戦で2部の7位と当たれるという千載一遇の機会に、全敗して最下位になって入れ替え戦にも出られずに終わったのは、僕の中でラクロスに対する向き合い方が変わる大きなきっかけでした。










そして三回生。


自分に革命が起きた年でした。特に変わったのは、毎練習ビデオを見るようになったことです。復習したプレーを自分のインスタに載せて可視化することで自分の長所が把握できるし、自分に何が足りてないのか気付くこともできる。他の人にアドバイスを貰うこともできる。そしてそれを補うために自主練のメニューを考えて、その自主練を練習内で意識して活かせるようにする。このサイクルができるようになってから、かなり出来ることが増えたと感じています。

関西ラクロスオープンでは前年度の因縁の相手である桃山学院大学に対して人生初のハットトリックを決め、勝利することができました。僕はこの時、きっと3部で一位になって、入れ替え戦で桃山を倒して二部にいくだろうなと感じていました。

練習試合では毎回自信を持って挑むことができ、当然のように得点できるようになり、勝利に貢献できる回数が増えました。練習で皆がびっくりするような良いプレーが出来ることも多くなっていきました。

同時に、この頃から自分のナイスプレーだけを画面録画して見返してニヤニヤするヤバい癖がついてしまいました。何人かにキモがられたような気がするんですが、僕はこのように考えています。


「自分の良いプレーを何度も見返すと、自信が付く」


ということです。これはかなり大事かもしれないです。「俺ってこんなプレーできるんや」って何度も感じることで、だんだんそれが定着してきて、本当に再現性が出てきます。1on1やショット、ニアの決め切りなどの緊張しそうな場面でも、「前にもできたしな」と思えて、緊張しなくなりました。おかげで安定して決め切ることが出来るようになったので、動画見返すのは本当におすすめです。


リーグ戦は全試合自信を持ってプレーでき、11点も取ることができました。もしかしたら得点王になれるかと思っていたら、唯翔に抜かされました。悔しいです。総得点が唯翔に次いで2番目だったので、まぁベスト10には入れるだろうと自信まんまんでしたが入れませんでした。悔しいです。でもオールスターには選んでもらえて、オールスターゲームで得点することができたので大丈夫です。他大の今まで戦ってきた選手達とチームになって試合をして、めっちゃ恐ろしかったやつがめっちゃ頼もしいやつになって楽しかったです。



少し戻って、満を持して迎えた入れ替え戦。自分が先制点を取った瞬間、「勝ったな」と思いました。三回生の間、練習に力を入れてきた速攻で、お決まりの形での得点。チームのメンバーも実力を発揮して、大差で勝利することができました。自分は念願の二部昇格が果たせて嬉しかったし、二部昇格のために命削ってたなかじさんや他の上回生が報われたのも嬉しかったです。これも最高の思い出です。

この一年を通しても、然るべき努力は報われるんだなと感じました。


「二部行けたらいいね、」が「二部目指そう」になって、「本気で二部行くぞ」に変わって、それが実現した。こんな素晴らしいことが他にあるのかなって思いました。









最後に4回生。


自分が1番成長した年だと思います。


新チームになってすぐの練習試合とその次の練習試合で、連続してハットトリック。2月の練習試合では1試合で4点取れて、自己記録になりました。戦術の決め所としてしっかり決め切ったり、今までやってきた速攻も安定して決めきれる。おまけにパスフェイクという武器も手に入れ、(冬の遠征で東海一部リーグの南山大学や関東一部リーグの一橋大学の選手が引っかかったから武器ってことにしたい)三回生の時よりも圧倒的な自信を持てるようになりました。普段の練習ではショットのキレが増して皆がびっくりするようなショットが打てるようになったし、「この場所は得意やもんな」と言われるぐらい、安定して決められる位置も獲得しました。

試合に出たって、パスもグラボもショットも全然緊張せず、出来て当たり前状態でした。



ですが、人生って本当に色々あって、面白いなと思います。


5月頭に右腕の骨が折れました。


本当に絶望しました。

練習に全く参加できなかったし、骨折している間にあったかなりの数の試合にも出られず、復帰してもみんなのレベルについていけないだろうな、と落ち込むこともありました。

これが杞憂に終わればよかったのですが、案の定でした。

右手が使えるようになってから必死に壁打ちとショット練習をしたものの、以前のようにパスを出すことはできず、ショットに至っては全く決められなくなりました。技術の衰え以前に、自信の喪失が1番の要因だったと思います。練習での慣れ親しんだ環境でですら、落ち着いてプレーすることができなくなってしまいました。



そんな状態で迎えた最後のリーグ戦。今まではドヤ顔で決められたニアショですら、心臓がバクバクして決められませんでした。しかも2連続で。お得意の場所からのショットはキャッチミスするせいでそもそも打てない。スカウティングで分かっているのに、焦ってNGプレーを選択してしまうこともありました。「パスを出して欲しくない」「早く試合が終わればいいのに」と思ってしまうほど、心も弱くなっていました。

ここでさらに、メンタルがえぐられる事が起きました。今まで絶対安定だと思っていた自分のポジションが、交代させられることになったのです。交代相手がとても仲の良い(良いやんな?^_^)土岐君だったんですが、それでも腹が立って、めちゃくちゃ悔しかったです。最初は「それはないやろ」と内心キレていましたが、交代する度にナイスプレーを連発する彼に納得せざるを得ませんでした。あの時正直、「それ以上良いプレーすんのやめてくれ〜」とか思っててん。ごめんね。

でも、彼がちゃんと上手かったおかげでむしろ冷静になれて、自分は今実力も自信もなくて、上手に出来ないということを認めることができました。

自分のポジションが完全に奪われるかもしれなかったのに、土岐にもっと上手くなるためのアドバイスを自分からしていたのは、我ながら成長したなと感じます。コーチのそうまさんも褒めてくれていて嬉しかったです。

それからは、自信は無いけどきっと前みたいになれるはずだ、と自分を信じて、少しずつ戻ってくる力を確かめて、日々練習に励みました。

すると、リーグ戦四戦目にして初めて得点することができました。しかもこれまで何度も決めてきた速攻の形で。全身の力が抜けるぐらい安堵に包まれたし、何より、期待してくれていたチームメイトやコーチの方、ずっと間近で康介なら絶対できるよって言い続けてくれた土岐と大和に応えられたことがとても嬉しかったです。ほぼ毎練習勇気付ける言葉をかけてくれる仲間に出会えて、幸せです。本当にありがとう。



そして、ラクロス人生最後の試合、入れ替え戦。

相手は開幕戦で会場を沸かせるプレーを連発した同志社大学。

めっちゃ悔しいのでこんな事書きたくないんですが、技術、身体、意識、どれを取ってもレベルが違いました。

思い返せばフレキャンの時僕はもやしみたいな体でしたが、彼らはすでに筋トレのノルマがあったらしく、屈強な体をしていました。それに技術のレベルも高くて驚いた覚えがあります。4年間の積み重ね方の違いがあるとは言え、ここまで差が開くのかと、悔しさよりも驚きが強かったです。

しかし、自分のプレーが全く通用しなかったわけではありません。グラボを拾い切れるシーンがあったし、セーブはされたもののパスフェイクからショットに持っていくことはできました。絶対に手が届かないなんてことはないんだと思います。ここで最後の気付きなんですが、


「絶対無理なことはない」


です。2年前三部の最下位だったチームが、2年後一部と試合して先制したってとんでもないことだと思います。三部でもぶっ飛ばされてたのに一部とぶつかって競り合えたし、繋がる方が奇跡だったパス回しで一部を脅かすこともできたんです。

自分達の4年間の努力の末に出来たプレーの数々を、誇りに思います。











最後に、僕は京都工芸繊維大学男子ラクロス部に出会うことが出来て本当に良かったです。

名前しか知らなかったスポーツで沢山の人と関わることができ、旅行に行く友達や、慕ってくれてる(多分)後輩に出会い、自分以上に熱い想いを持っているコーチの方達、応援してくださるチーム関係者の皆様に出会えたことに本当に感謝しています。


暗くなるまで打ちまくったシュー練、何時間もやり続けた壁打ち、わけわからんとこに飛んでいくボール、一生編み完成しーひんクロス、アップ中のふざけた会話、練習中の煽り合い、超絶眠い朝練、ずっとあと3球ぐらいないボールアップ、試合までの車の中の会話、試合で勝って大喜び、負けて泣くとか、試合後のご飯とか、打ち上げでバカ騒ぎとか、全部最高の思い出です。


ラクロス、こんな経験させてくれてありがとう。







約束通り、ここまで読んでくれた現役生の皆に伝えたいことがあります。ミスしたり上手くいかんかった時に一つだけ覚えといてほしくて、



どうか一つの失敗で下を向かないで欲しい。



そのワンプレー思うように出来なくても、その日調子が悪くても、その試合で全く活躍できなくても、また失敗するんじゃないかと思って怖くなっても、大丈夫。たまたま出来んかっただけやから。絶対自分なら出来ると信じて、残りのラクロス頑張って欲しいです。








最後の最後に一回もちゃんと言ったことなかったので両親に向けて。



2回骨折したしどっか痛めたり小さい怪我は何回もしたけど、その度に心配かけてごめんなさい。頑張ってる康介が怪我するなんて可哀想や、って泣いてくれたこともあったね。本当に気にかけてくれてるんやなと思いました。忙しいのに試合を見に来てくれたり、練習に行くたびに「行ってらっしゃい、気を付けて」帰ってきたら「お帰り、お疲れ様」って声かけてくれて、応援してもらえてるんやなぁと感じてました。今までありがとう。

僕にラクロスをさせてくれて、本当にありがとう。









信じられないぐらい長くなりましたが、思ってること全部書けたと思います。もし今ここだけ見てる人がいたら、気が向いたら全部読んでほしいなと思います。


次はいのうえりんたろーです。散々ゴーリーの内容で紹介されててもう飽きてると思うんですが、化け物ゴーリーとしてどんな想いでラクロスしてたのか普通に気になるので、楽しみです。



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